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消される

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消される

辻井喬

 

消されれば

風が消える

夕暮れの雲がほのかな光を失い

朝 小鳥の声が聞えなくなる

樹が倒れかかる

ひとつの秩序が鼓動を止めたように

地上には苔の花が咲いている

葉と同じ色で いくらか薄い緑の花が

跼(かが)んで眺めるとその形は意外に華やかで

ずっといちめんに拡がっているのだ

とおい昔に滅んで

海の底に横たわっている都のように

 

消されるというのは

そんな苔さえも息を止めるということだ

自らの論理に疑いを持たない精神

仲間のうちの正義だけがどこまでも正義だと思う

心底からの腐敗が地上を覆い

風と光を失った幹は倒れる

弱いものはいっさい消えるべきだ

それが改革というものだと

異議を認めない神の代理人が断言する

かれが口にするのは優生学

民族に代わって市場が君臨するところが新しい

いまではもう陽の射さない崖下でも

なんとか自分の花を咲かせようとしている

そんな効率の悪い存在は認められない

 

もし人間であり続けようとするなら

消されてはいけない

いろんな愛のかたちを

ただひとつの悲しみに変えてしまう

大儀という旗をかざした代理人に気をつけよう

その旗は昔「大和し美わし」と染めてあった

 

消されるというのは

歌を失くすということなのだ

微笑みも母親を探す子供の泣き声さえも

いっさい立てられないということなのだ

他人の痛みをわがことに感じる心が失せ

想像する力は全部神の代理人に握られてしまう

 

消される自分を見たくないから

目をつぶっていても 何の役にもたたない

消す男は胸を張ってやってくる

それでも何もするまいと耐えていたら

いきなり大きな×印を付けられてしまった

後頭部に 収容所行きだとでもいうように

消されるとは顔を失くすことだったのだ

そう気付き怯えてふり返ると

下手人の顔は驚くほどわたしに似ていた

 

日本ペンクラブ編「それでも私は戦争に反対します」2004年)より